玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会

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zoom RSS 樋口健二さん講演会報告(1月30日佐賀)【その2】

<<   作成日時 : 2011/03/21 16:16   >>

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もうひとつ、別の者からの報告です。
こちらも合わせてお読みいただくと、
より講演の内容がおわかりいただけると思います。

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 被爆労働者問題などをねばり強くフォローするフォトジャーナリストの樋口健二氏の講演会が1月30日、佐賀市のメートプラザで開かれた。主催は玄海原発プルサーマル裁判の会で、会場には約30人が集まり、あくまで被写体に近づく樋口氏の姿勢に耳を傾けた。

 会では同会の石丸初美代表が「我々の使っている電気の裏側にある被爆労働の現実を知るべき」とあいさつ。先日より佐賀入りしていた樋口氏は、「鹿島の浜宿を訪れ日本の伝統的な美しさが不便な場所にこそ残っている」とした。

 パワーポイントを使った講演の中で、樋口氏は自分の原点を1960年から90年の公害。特に四日市の亜硫酸ガスや硫酸ガスなどによる公害を追いかけた経験を中心に写真を説明しながら語った。

 空中に流れるガスや、学校裏にあるコンビナートの写真、風評被害もあって売れないと分かっている魚を求めて漁に出る写真や次々と亡くなる人々の写真を説明しながら、「1000人以上が罹患し、300人以上が亡くなった。その結果裁判に勝ったが違約金8万円。一体これでどう納得すればいいのか」と当時の思いを振り返った。

 そして、その延長上に「原子力発電所」を見いだしたという。70年代後半から被爆労働者の写真を撮るようになり、実態を理解するようになって原子力発電所がイメージとはかけ離れた、日常的に被爆者を作り出す装置であることを社会にアピールするようになった。

 「当時と現在で、体制が変わっているわけでは全くない。原発ジプシーと呼ばれていた労働者は不況の今、同じく使い捨てになっているだろう」という言葉は暴力団による未成年の使役という形でも裏付けられている。

 原発被爆によって亡くなった方々の写真などを次々と説明しながら「これでも表に出れない人がいるので一部です」とし、被爆裁判の話や労働形態の問題点などさまざまな「差別」の構造がここに強くあることを訴えた。

 さらに台湾でも同様の問題が発生していることも報告。「ジャーナリストがいなければ問題は知られないままになってしまう」と改めて問題提起した。

 これを受け質疑では「なぜジャーナリストは同じように原発を追いかけないのか」「マスコミはどうなっているのか」などの疑問が中心的に出た。答えは「売れない、というか同じ年代に活躍したカメラマンはお金になる写真週刊誌の方に流れた」「マスコミについても同じで結局、財界や広告などのからみで大事なニュースが流れない」と指摘した。また新しい本を出すたびにいやがらせを受ける話もあり、「みなさんとの連帯がなければやってられないです」とまとめた。

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