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玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会

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玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会
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ドキュメンタリー映画『飯館村』を上映しませんか?

2013/12/27 21:10
【ドキュメンタリー映画『飯館村』を上映しませんか?】

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パレスチナをはじめ各地を取材してこられたフリージャーナリスト、土井敏邦監督が、故郷喪失に苦悩し葛藤する村人達を1年間追った新作ドキュメンタリー映画『飯館村 放射能と帰村』、全国各地で上映されています。

“私は故郷の村に帰れますか?
 村で子どもたちと安心して暮らせますか?
 もし帰れなければ、どこに“故郷”を探せばいいですか?”

詳細はこちらです。http://doi-toshikuni.net/j/iitate2/

*9月6日の西日本新聞の監督インタビュー→
http://www.nishinippon.co.jp/nlp/cinema_news/article/37977

土井監督は佐賀県小城市出身で、郷土への思いは人一倍。
「玄海原発再稼働を阻止するのに、映画上映を役立てほしい。座談会などとセットして、どんなに小さな集まりでもいいから、九州でぜひやってほしい」とのことです。
ご相談はとりあえず、裁判の会まで一度連絡ください。

【佐賀・小城上映会】
2014年1月16日(木)
14:00/18:00 
JAさが佐城地区中央支所
土井敏邦監督のトークあり
料金:前売り券 500円/当日 600円
主催:映画『飯舘村』を見る会(代表・野口好啓)
連絡先:0952-66-3185(土井)/0952-73-2775(野口)
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1


12・2をはさんだ連続行動を無事終えました!

2013/12/09 17:55
12・2をはさんだ連続行動を無事終えました!

11月30日、原子力防災訓練見学(伊万里市、唐津市、玄海町、小城町を2班に分かれて視察)。
12月1日、NONUKESえひめ集会・伊方原発視察。
12月2日、第4回12・2反プルサーマルの日「みんなで歩く玄海町」。戸別訪問&町長要請&九電要請。
12月3日、佐賀県知事要請行動。



とにかく、かけまわって、現場を見て、ぎょっとしたり、怒りを新たにしたりする一方で、いろんな人達と交流した4日間でした。
2夜連続船中泊、朝4時半とか5時半の早起きの連続で、なかなか寝れない毎日でした。


11月30日の避難訓練は、福島の現実をまったく無視した中身で、決められたことをただただやっているだけの、緊張感のない現場でした。
玄海町住民の避難先となった小城の会場では、原子力安全基盤機構のムラ人による「放射能安全講演会」。大人にも子どもにも同じ内容での洗脳の場でした。その酷さに呆れかえってしまいました。(詳細は別途レポートを書きます)


12月1日のNONUKESえひめ集会・伊方原発視察は、たーくさんの方との出会いや再会、感動がありました。
実は、“12・2”に際して藤田祐幸先生の講演会を12月1日に当初企画していて、チラシもデザインしかけていたところでしたが、広瀬隆さんからの「一生に一度のお願い!」を、真に受けた(笑)石丸初美代表の提起で、「よし、12月1日は愛媛にみんなで行こう!」となったのです。
広瀬隆さんのスピーチ。
「中国で講演した時に、こう言われたことある。“師は遠方より来たる”と。ほめているつもりだろうが、違うんです!自分なんてわざわざ遠くから呼ばなくていいんです。愛媛に呼んでくれなくたっていいんです。愛媛のみなさんだったら、40年間活動を続けてきた斉間淳子さんが、ここにいるじゃないですか。斉間さんが日常的に話していることにもっともっと耳を傾けてください!」
各地にいる“初美さん”に対する最大の激励だと、勝手に感動していました。
東京の仲間、大阪の仲間ともここでおちあい、デモ行進の最後尾で、雨降る中、横断幕、プラカードを掲げながら
「玄海原発再稼働反対!」「伊方原発反対!」「原発情報秘密だらけ」「特定秘密保護法反対」と声をはりあげてきました。


12月2日、第4回12・2反プルサーマルの日「みんなで歩く玄海町」は、東京から5人、大阪から3人、そして高知から澤山保太郎さんを、伊方集会からお連れして、玄海に戻ってきました。

この日最初の行動の玄海町副町長への要請文提出。
これまでの戸別訪問で直に聞いてきた住民の声などや、私達の思いをそのまんま書いたのですが、初美さんが読み上げているのを聞いていて、涙がこぼれてきました。
ふと気づくと、初美さんも、声をつまらせ、涙声で読んでいました。
命を傷つけ、苦しませ、悲しませ、分断し、抑圧する原発、いい加減やめましょうよと、心底思います。

戸別訪問では9グループに分かれて、チラシを配布しながら、住民の方達との対話をしてきました。
棚田などの風景も見ながら、海風を感じながら、初めて玄海町を歩いたみなさんも、直接住民から声を聞いて、「原発を目に前に暮らすということ」について、「何か」を感じてくれたようです。

この日の最後は、発電所への要請。担当課長の事務的な対応に、私達の怒りもヒートアップ。
初美さんの言葉。「私達は普通の生活がしたいだけなんです。こんなところで大声はりあげるなんてふつうじゃないんです。あなたにも子どもがいるでしょう。子ども達のためにも、原発はもう、やめてください!」

12月3日、佐賀県知事要請行動。午前中に古川佐賀県知事への要請。原発そのものに関する要請・質問書と、知事の県民軽視の態度に対する要請・質問を提出。怒りを通りこしていますが、それでも怒らなければなりません。これも詳細は別途報告します。


平日にもかかわらず、遠く玄海の地へ、35人の仲間が、「歩く」ために、集ってくれました。
要請の際にも、原発地元のことを心配しての言葉を、先方に伝えてくれました。
「原発地元」を一緒に歩いて、一緒に感じてきたことは、何よりの財産です。
これまでに1人1人とお話をしてつながってきたことが、またさらに深いところで、つながったような気がしています。
(12・2に参加されたみなさん、玄海町訪をはじめてまわられた各地域の仲間のみなさんに、感想をお寄せくださるよう、お願いします。)


12月2日は、日本初のプルサーマルの日。
12月2日は、世界初の原子炉の日。
私達は忘れません。
来年も、この日に、佐賀の同志達と、そして全国の同志達と、玄海町で行動します。
私達の未来のために!


お伝えしたいことがたくさんあるのですが、移動に次ぐ移動と、交流にめいいっぱい時間を使ったため、追いついていませんが、随時報告していきます、多分(^^;
(N)

12月1日えひめ集会にて↓
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伊方原発も見学してきました。↓「異様な雰囲気」でした、、、
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12月2日、まずは玄海町役場へ。町長さんは不在でしたので副町長さんが対応。↓
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戸別訪問。「棚田百選」にも選ばれた場所で。この近くに玄海原発があります。↓
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戸別訪問のあとは、交流集会でした。東京や関西からもかけつけてくれた方たちとも交流できて、また頑張ろうと思いました!!↓
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2日最後は、玄海エネルギーパークで、九州電力への要請。担当者は、「上へ伝えます」を繰り替えすだけでした。部屋も準備されず、吹きさらしの玄関の外で。↓
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3日は佐賀県知事への要請。ここでも、担当者が出て来るだけ、いつもの1階玄関ホールにて。↓
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東京から、えひめ、玄海、そして佐賀県知事要請と、ずっとおつきあいくださった方たちを、佐賀駅でお見送りしました。それぞれの場所で頑張りましょう!チカラは繋がり、ひとつになる!↓
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9月21日ポスティング報告です!(鷹島)

2013/09/24 08:12
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21日は7人で長崎県松浦市“鷹島”に行ってきました。


鷹島は、かつて「元寇」でモンゴル軍との激戦地となった、農業と漁業の島。
目と鼻の先に玄海原発があります。
集合写真の真ん中に見えるように、玄海原発1、2、3、4号機がはっきりと見えました。

今日は「モンゴルまつり」というイベントもあり、漁民、議員、地域のリーダー層をはじめ、いろんな立場の島民にお会いできました。
かつて原発立地の候補地となり、漁民などを中心に反対運動もあったそうです。
島にはつくられなかったけど、対岸の目の前につくられてしまったのです...
原発事故が起きたら、原発へ近づく方向にある橋をわたって避難しなければなりません。
だから今も「原発反対」をはっきり言う人も多かったです。
一方で、必ずしもそうでもない人、「原発なくして、エネルギーはどうなるの?」「ガス火力も環境によくないんでしょう?」などと言われる人もいました。電力側の説明会などが何度も開かれたきたそうですから、その結果の洗脳でしょう。
「反対」の声をあげている人と、そうでない人との距離感もあるようでした。

私達にできることは、「被害者になるかもしれない住民に寄り添って」「本当のことをお知らせする」ことぐらいですので、そうした活動を継続していきたいと思います。

彼岸花があちらこちらで咲き、アゲハ蝶がひらひら舞う光景で、心身の保養にもなるようなポスティング日和でした。








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玄海裁判の会事務所のウィンドウ!

2013/09/24 08:04
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裁判の会事務所、ショーウィンドウ、大幅張り替え!
佐賀市伊勢町の事務所、ぜひ一度おこしください(^-^)/

事務所へのアクセス










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7月3日は九電交渉でした!

2013/07/04 10:29
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7月3日、九州電力本店と交渉しました。

新規制基準、活断層3連動問題
などを質問しました。

市民を放射能の恐怖におびえさせながら原発を動かし、電気が足りないとおどし、電気料値上げを押しつけ、そして、事故を起こしたら賠償は国民・利用者負担。
あいもかわらぬ「安全神話」の中にいる、ごう慢な九州電力でした。

玄海原発再稼働を許さない!
詳細はあらためて報告します。
告知ページはこちら



NHKが報道してくれました。(お早めにご覧ください!)
http://www3.nhk.or.jp/fukuoka-news/20130703/5663701.html
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6月8日、提訴3周年活動報告会無事に終えました!

2013/06/13 14:45
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6月8日、玄海原発プルサーマル裁判の会は、提訴3周年活動報告会を無事終えました!

名称も『玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会』(略称:玄海原発裁判の会)とあらため、新たな気持ちで、また歩みはじめました。


今日の発言は、

弁護団から武村二三夫弁護士谷次郎弁護士

裁判補佐人の小山英之さん(美浜の会代表)。

「裁判を支える会」会長澤山保太郎さん(前・東洋町長)。

反原発・鹿児島ネットの向原祥隆さん

福島避難者、木村雄一さん

石丸初美団長から挨拶、於保泰正事務局長から報告、荒川謙一副団長から閉会挨拶。

これにスライドショーをトークで振り返りました。

すべて本気の言葉にあふれていました。
発言内容は、おいおい紹介していきたいと思います。
フリートークが十分時間とれず、続きは行動しながらということになりました。

六ヶ所、大飯原発、川内原発、福島原発、玄海原発すべてつながっています。
私達に求められるのは、全国の仲間と連携しながら、再稼働を1つ1つつぶしていくこと。
私達に必要なのは、一人ひとりの覚悟。
みんなのチカラで原発を止めましょう!

詳細な報告はのちほど!

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玄海原発みんなで止める!6・8宣言

2010年8月9日の玄海原発MOX燃料使用差止提訴から3年、公判も昨日で10回目を迎えました。

 2006年、科学者間でも意見が対立する中、古川康佐賀県知事は玄海原発プルサーマル計画について「県民の理解は得られた」として、住民の反対の声を踏みにじり「事前了解」を強行しました。
 同年、私達は県民投票署名運動に奔走し、49609筆を県議会に提出。翌年2月の臨時県議会で「間接民主主義からの逸脱」、住民には判断できないという理由で、あっけなく否決されました。
 私達は「プルサーマルを理解も納得もしていない。人類と共存できない放射能を生み出し、その処理方法も何も決まっていない原発は止めるべきだ」と運動を続けてきました。
 2010年2月21日、「普通の生活を守るため」に裁判を決意、「玄海原発プルサーマル裁判の会」を結成しました。
 同年8月9日、佐賀地裁に提訴。12月1日、初公判。
 12月9日、プルサーマルの3号機でヨウソ漏れ事故。私達は、徹底した原因究明と安全対策を求めて走り回りました。
 そして、第2回目の公判を迎えた2011年3月11日、東日本大震災と福島原発事故。
 おそれていた大事故が起きてしまいました。

 あらゆる警告を無視し、対策を怠り、事故を起こした電力会社、政府、被曝を拡大させた学者らの責任が問われないまま2年以上が経ちました。
 事故収束作業は見通しのつかないまま続いています。空気と水と大地、食べ物は放射能により汚染されました。子ども達の健康被害、除染の行きづまり、原発労働者の使い捨ても明らかになってきました。
「佐賀は蛇口の水がそのまま飲めるからいいですね。福島では思いっきり深呼吸もできません」
「今も線量計を見ながら、子ども達に“今日も外で遊べないね”と話しています」
「福島は東京に電気を送ってきた。その福島の俺達は、日常のすべてを奪われてしまったんだよ!」
福島の人達の声です。子ども達を放射能汚染の中から、一刻も早く救い出さなければなりません。
仮に事故が起きなくても、原発を動かせば必ず核廃棄物を生み出します。未来永劫に放射能の管理をしなければならないのに、その方法すら決まっていないのです。
福島の大きな犠牲に学ぶということは、原発をすべてなくすこと以外にありません。

2011年6月、事故からまだ3ヵ月というのに、玄海原発に再稼働の話が浮上しました。
私達は佐賀県庁や九州電力に連日のように行動を起こしてきました。市民の怒りは、古川知事の「やらせ」事件をも誘発しました。ストレステスト実施とあいまって、再稼働をいったん阻止できました。
しかし、古川知事と九州電力はいまだにこの時の反省をなんらせずに、福島事故がなかったかのように、住民の命を軽視して、カネのために再稼働を狙っているのです。
再稼働を阻止するために、いまあらためて覚悟を決めなければなりません。

私達は、2010年8月9日「玄海3号機MOX使用差止」提訴、2011年7月7日「玄海2・3号機再稼働差止」仮処分申請、2011年12月27日「玄海全基運転差止裁判」提訴、この3つの裁判で具体的危険性を追及しながら、法廷外でも玄海町や市町村を訪ね歩いたり、国、県、九電と交渉したり、座談会、集会を開いたりしてきました。すべては種まき、いずれ花となり実となることを願って、1つ1つ取り組んできました。
この活動の延長線上に、このたび、会の名称を「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」と改称することとしました。

普通の生活を守るために、子ども達の笑顔がいつの時代にもつづくように、全世界の仲間達とつながりながら、みんなでチカラをあわせて、玄海原発を、そして世界中の原発をすべて止めるための行動を続けていくことを、ここに誓います。

2013年6月8日
玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会
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6月7日、第10回公判でした!

2013/06/13 14:34
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6月7日、玄海原発プルサーマル裁判の会、第10回公判、終えました!

玄海原発3号機プルサーマル・MOX燃料の危険性、1号機脆性問題、2号機配管びび割れ問題など、玄海原発の具体的な危険性を突き、被告九電と争っています。攻める原告弁護団と、3・11前がなかったかのように逃げるばかりの被告九電・・・詳細はあらためて!

事務所での懇親会も、冠木さん、小山さん達も残られ、25人ほどの参加で、みんな笑顔の素敵な時間となりました。

そして、本日、会の名前を『玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会』(略称:玄海原発裁判の会)と改称したことを発表しました!
運動の発展に伴って、私達の活動の実際と、発足当初からの思い、私達のスタンスにピタッあうものにしましょうと、何度も議論をしてきました。
新しい横断幕も今日からお披露目でした。名称を初めて耳にする方かららも「みんなで止める、というのがいいね!」と評判も上々です。

2010年2月21日、玄海原発プルサーマル裁判の会発足式で、初美団長は「普通の生活を守りたいから、裁判を決意しました」と記者会見で言いました。(詳しくはこちら こちらもご覧下さい 過去の記事
記者から質問「“普通の生活”とは何ですか」。
初美さん「私みたいな普通の主婦がこうやってここにいて、裁判を始めるというのが普通のことじゃないんですよ!そうしなくてもいいような“普通の生活”をただ取り戻したいだけなんです!」
その想いを共有する仲間達で走ってきた3年間でした。
その想いをあらたにする、今日の10回目の公判でした。

翌6月8日には、新名称と新横断幕とともに、「提訴3周年活動報告会」を無事に終えました。こちらの詳細もあらためてご報告します。

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