10月28日玄海町の防災訓練を見学して(佐賀新聞に掲載)

 裁判の会の仲間の塩山さんが10月28日に玄海町で行われた原子力防災訓練を見学しての感想を佐賀新聞に投稿したところ、11月7日に掲載していただきました。
 文章の末尾をタイトルとして付けていただき、投稿欄のトップに載せていただきました!ありがとうございました。


以下は原文です。実際には少し手を入れてもらっています。

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 玄海町で行われた原子力防災訓練の様子を見てきました。
 早朝から保育園と中学校の前に大型バスが数台、予定時刻が来るのを待っていました。現実に大事故が起きた時にはそのバスは真夜中でも会社の車庫から慌てて飛び出して来なくてはいけないわけで、放射能がすぐそこまでやって来ている時に間に合うでしょうか。実際そこへ来れるでしょうか。常時必要な台数を近くに待機しておかなければ緊急避難は無理でしょう。
 仮に出来ても放射能を被った車は後で除染しなくてなりません。人間もペットも家畜も同様です。避難行動で放射能を撒き散らす事になります。放射能の侵入を防ぐ目張り作業や他にもやることが沢山あります。
 当日、海の方から強い風がじゃんじゃん吹いていました 。吹きようでは日本海の方へ避難しなければならないかもしれません。
 県は私達の税金をじゃんじゃん使って何度も大規模訓練を実施した時には、ある程度の満足を得られるかも知れません。でも、原発事故の避難なんて、どだい無理なんだと痛感しました。一番の防災は、原発をなくすことです。

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10月13日玄海町ポスティング報告

13日(土)は玄海町の白畠(しろはた)集落と小加倉(こかくら)集落を4名で60軒ほど回りました。
場所は、玄海町役場から唐津方面に少し戻った所から北に(原発よりに)入った谷あいの棚田でのコメ作りの集落です。

4名からの報告です。現地に行ってはじめてわかる現実があります。いろんな方に参加していただけると有り難いです。


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この集落は農業経済面からは、以前は米、麦の2毛作であり、ミカン、柿、干し柿、クリ等で生計を立てていた地域です。
原発からの個人的金は一切入っていないということを理解して欲しいということを訴えておられました。

公民館はきれいで大きいのでそちらの方に金が来ても百姓の個人には来ていないということです。

いい出会いが色々ありました。現場に行けばいくほど深い現実・真実があるということを改めて認識させられました。


おばあさんから貰った水いもよりおいしいと言われた何とか(トウイモ)は確かにおいいしかったです。
料理の仕方のコツまで教えてもらいました。
地域の伝統的で豊かな食生活があることを教えてもらいました。

上のやることは、町、議会の自分たちの利益だけというおばあさんの一段と大きな声の主張は、さすがというか、事実を長年の苦労の中で判断してきた重みを感じました。(Y.O)


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機関紙「そいぎ」(良いネーミングでしょ!)玄海町全戸配布目指して、4月から時々土曜日にメンバーが玄海で配布に行っています。

で、今日は実はワタクシ玄海デビュー!近くまで行ったことはあるけど、初めての玄海入り。

上場地域は、普段見慣れてる脊振山系とは少し違った様相だと思いました。

最初の集落では、元気な男子2名のお迎え!「中2のお兄ちゃん」が作ったという、木を削って作った武器をポケットにいっぱい忍ばせてました。

妹の小1のWちゃんが、ピンクの自転車、ピンクの3DSを持ってずっと着いて来てくれました。
「自転車、補助が取れて立ちこぎできるよ」「そこはお友達のお家なんだ」「このお家は昼間誰もいないよ」「お兄ちゃんとはずっとけんかするの」
次の集落に行くね、とバイバイしたら、ちょっと寂しそうなお顔になりました。

石丸さんに聞くと、何回か来てるけど、子どもの姿は初めてだったそうです。

納屋の軽トラックの側で作業してたおじいさん。
「そいぎ」を渡しただけでしたが、すぐに軽トラに広げて見入ってくれました。「賛成ですか?反対ですか?」なんて聞けなかった。

隣の畑で作業していたおじいさんは、渡すと開口一番
「ありゃー、あぶなか!!」

「火力、水力、いろいろあろうが。何もわざわざあぶなかとばせんでよか。福島があがんなったろうが。今すぐ止めて欲しか。」

思いを口に出す人。
出さずに複雑な表情で受け取る人。
あからさまに顔を背ける人。…

ある集落で、配り終えたかなと思ったら、H.Iさんがあるおばあちゃんと話込んでいました。

「お父さんが死んで7年。息子は4人ばってん、みんな福岡におる。

土地もあるばってん、なんかおこったら住めんごとなる、なーんもならん。息子たちもそりゃーわかっとる。孫がばあちゃんば心配してくれよるらしか。ばってん、あたしゃー、福岡にゃー行かん、ずっとここにおる。

あの町長はいかん。自分は玄海に住まんで唐津から通いよるらしか。

もう帰るとね?まちっとゆっくりしていかんね。

これ?トウイモてゆうとよ。麺つゆで炊いたら美味しかよ。全部持っていかんね。

ありゃー止めんばいかん。あんたたち頼むけんね。また来てね。また話ばしゅうね。」

お金は一銭ももろうとらんというSおばあさん。最後は涙ぐんで握手。納屋はきれいに掃き清められ、一人でも身ぎれいに過ごしてある様子がうかがえました。

老犬が、ずっと静かに私たちの話を聞いてくれていました。

いただいたトウイモの茎。一本の筋も残さず、きれいに皮を剥いてありました。

「トウイモは鍋が沸くまで蓋ば開けたらいかんよ!口ん中がかゆくなっけん」

以前、口中かゆくなって以来敬遠してましたが、Sおばあさんの言う通りに煮たら、かゆくなりませんでした。

また行くね、Sおばあさん。トウイモ、美味しかったよ!(T.O)


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昨日は6回目の玄海町ポスティングの日でした。

秋の玄海町を3時間ゆっくりポスティングしながら、柿やコスモス、いろんな草木がとてもきれいで、みんなで写真を撮ってきました。

今回4人ということで、Y.Oさんの運転で一台に全員乗って行きました。
玄海原発を見下ろす高台を中心に回りました。

最初に出会った(T.Oさんの報告)のが、無邪気な子供達でした。
一軒一軒が広くて登ったり下ったりですが25軒ほど回った中で、昨日は話せた方は8名ほどでした。
「原発反対でも地元に住まなければならない、どうしようもない」という思いを知り、
行くたびにいろいろ考えさせられて帰ってきます。

●T.Oさんから報告があっていた70代のおばあちゃん
 いろいろお話し聞かせていただきました。「まだゆっくりよかろうもん。また来てね」…と帰り際には涙ぐまれていました。
 帰りにみんなにトウイモの茎を頂きました。
  
  原発があるばかりに、怖い事ですよ。町民のためにはなるわけがなか。
  老人会でも、よくみんな原発なんかいらんといっている。
  事故が起きたら、うちは高台にあるから、一直線で放射能が来る。もう命はおしまい。
小城が避難場所と指定になったけど、事故が起きてからこんな年寄りはどこにも動けん。
  田んぼと畑があるけど、4人の息子は全部福岡に住んどる。孫が「ばあちゃん大丈夫ね」と心配してくれる。 
  少しは土地もあるけど、財産がいくらあっても何にもならん。
  原発などいらん。

● 50代の男性
  古川知事と中学(唐津)が同級生。頭はよかった
  あの知事はどうしようもない。
  原発はないほうがいい、でも上のやることだから我々がいくら言っても、どがんでんされん・・(ほとんどの人がこういう意見でした。)

●40代女性
  原発は勿論危険だし止って欲しい。今の政治に腹が立つ。
  商売していて苦しいなか税金納めているのに。ネットで情報は見ているが、あまり腹立つことばかりで、このところ見ていない。

●60代女性
  「10/28は原子力防災訓練の日ですよね?」と私に聞かれましたので、「確かそうですよ」と私が言うと、 
  「避難訓練するってことは、少しは危なかという事でしょうかね?…」と心配そうでした。
  私が、「安全ならする必要がないですよね」と言うと、「そうなんですよね」と一言だけ話してくれました。
  「頑張ってください」と言って去っていかれました。

  (平成24年度佐賀県原子力防災訓練  http://www.pref.saga.lg.jp/web/kisha/_64937/_65256.html )

●唐津からの女性2人
  あまり原発のことは話したくなさそうでした。
  前を通っている広い道路を指して、「この道は原電道路ですよ。原発に行く道ですよ」と教えてくれました。


★第2・第4土曜日の玄海訪問は、7月・8月は厳しい暑さのためお休みしていました。
 気候もよくなってきて再開しましたので、皆さんご協力よろしくお願いします。(H.I)


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朝夕は秋らしく肌寒いくらいですが、日中は、汗ばむくらいの土曜日ポスティングでした。
アップダウンの厳しい山間部でした。面談5名

●77歳の男性
  『最初から反対だった』一号機が建設される前からですか?『そう』
  運動を続けられたんですか?『いんにゃ。生活せんばけんね。』
  村八分みたいな事があったんですか?『そう』『だんだん孤立化していった』
  『もう何を言っても変わらん。偉い人が決めるけんどうしょうもない』
 
  反対と言うことを口に出さなくなったが、ふつふつと沸いてくるどうしようもない苛立ちが、
  私に伝わってくる。 

●50代男性
  『今から造るんなら解るが、折角あるもんは使わじゃこて』
『今玄海町は予算ののうなって大変て』
  『住民税が、年2回だったのが10回に増えた』金額も?『そうさい』
  『燃料代もあがるので、原発は、安かけん動かさにゃいかん』

  福島の事故があったじゃないですか
  『あんな事故はしょっちゅう起きるわけがない』

 放射能は目に見えないし、怖いですよね・・・
 『見えるように発明すればいい。そうすれば、儲かるやろう』『役場の予算ば、そっち使えばいい』

●60代建設会社経営者の男性
 原発はどうですか
 『う~。』
 事故があってからでは困るし、仕事がなくても困るってことですかね。
 『そう』

 心配はされておられる様子が、顔つきでわかりました。返答に困られていたので、ここで失礼しました。(Y.I)




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玄海再稼働反対の要請・質問書の提出を行いました!

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東日本大震災と福島原発事故からちょうど1年半となった9月11日、裁判の会は、古川康・佐賀県知事と岸本英雄・玄海町長あてに、玄海再稼働反対の要請・質問書の提出を行いました。


要請書はコチラ


両者に対して、「原発なくても電気が足りていることが実証された。玄海原発をただちに廃炉へと向かわせるよう、内外に表明されること」を強く要請した上で、原発のストレステストについて原子力安全委員会の斑目委員長自身が「安全を宣言したものではない」とした発言や資料を引用しながら、3項目のイエス/ノー質問で回答を求めました。


玄海町長は「公務」のため財政企画課長ら3人が対応。「安全性や規制について国の動きを見守りたい」などとする発言に、石丸初美代表は「町内を1軒1軒歩いているが、『安全というなら避難道路だってつくる必要なかろうもん』という声も聞く。事故が現実に起きてしまったのだから、町民の命のために、早くに原発をやめてほしい」とピシャリ。


その後、階下の町長室に町長がいることがわかり、急遽町長とも短時間でしたが面会しました。3・11後はなかなか「面会」できなかったので、久しぶりの直接要請となりました。
本心は「再稼働してくれないと経済がもたない」というところでしょうが、町長は国の対応に怒りを表明、また10月に私達との話し合いの場をあらためて設けることを約束していただきました。


その後、佐賀県庁へ。古川知事に対しては「野田首相さえ、原発再稼働反対の意思表明をしている市民と会談を持った。知事はこれまでずっとそうした場を拒否してきたが、『やらせ』を指示した『密室の会談』を反省したのであれば、再稼働に反対の立場の県民にも正々堂々と会って話を聞くべきではないか」との質問も加えました。


県からは、原子力安全対策課の1人が出てきて、1階ロビーで立ったままの受け渡し。


首長あての要請書を正式に提出する際、他の自治体では部屋を用意され、正式回答は後日にしても担当者は最低限の返事をするために資料なども持参するのが普通です。そういう普通のことが、この佐賀県庁では去年からされていません。命にかかわる重大な問題にもかかわらず、県民軽視の無礼な対応に対してあらためて抗議し、回答の際には部屋を用意することを求めました。



3・11を経ても何も変わらない、佐賀県・原子力ムラを、みんなのチカラで解体させなければなりません。
玄海原発再稼働反対!玄海原発ただちに廃炉!(N)



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「ストップ伊方原発再稼働!とめよう大飯原発!8・19松山行動in 愛媛」に参加して来ました!

ストップ伊方原発再稼働!とめよう大飯原発!
「ふるさとは原発を許さない!」
8・19~20松山行動in愛媛


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先日8月19日(日)~20(月)「ストップ伊方原発再稼働!とめよう大飯原発!8・19松山行動in 愛媛」集会へ参加しました。
全国ネットワーク相談会、伊方原発立地の見学という中味の濃い集会でした。
東京からの参加は、経産省テントひろばとたんぽぽ舎の方が中心に40名ほど。
あとは、福島から2名と、水戸や福岡や四万十に避難されている方3名、そして全国各地の市民の参加者でした。

佐賀からは3名で参加しました。
小倉から夜9時55分発のフェリーで松山に翌朝5時に到着。
フェリーはお風呂がありましたが、行きのお風呂はOさんだけ入り、翌朝の道後温泉を楽しみにすぐ睡眠。
6時からの道後温泉で一風呂浴びて(400円)すっきりして集会に行く事ができました。
(道後温泉は石鹸類は何もありませんでした)




集会は松山市内の県庁近くにある城の内公園。青く澄んだ空で集会で倒れる人が出なければいいかと心配するほどの天気でした。
八幡浜・原発から子どもを守る女の会の人たちに、たんぽぽ舎の女性達が丹精込めて作成した大きな横断幕「ふるさとは原発を許さない」が贈呈されました。

八幡浜は佐多岬半島の根っこのところにあり、伊方原発から5㎞ぐらいです。
八幡浜・原発から子どもを守る女の会は、毎月11の日に、伊方原発のゲート前に座り込みを続けておられるそうです。
この横断幕はその時掲げられる、防水ブルーシートでできた横断幕でした。

私達は、集会参加者に原告募集とチラシ配りを始まるまでしました。そこで大阪からの男性が原告になっていただきました。
午後1時、真っ青な空と暑い日射しの下で集会がはじまりました。



福島から5人の女性達の訴えがあり、次に伊方原発訴訟に関わってこられた小林圭二さんの話になったとたん、青空が一転にわかに空はかき曇り。
テントに移動する間もなく猛烈な雨と雷。見る見るうちに足元まで水浸し。机の資料やチラシも水浸し。
地元の方は、昔、原発建設のために祠を移された龍神様の怒りだとおっしゃいました。

ハプニングは実行委員の方々がいつのときも大変です。すぐ近くの美術館講堂に場所を移して集会再開。
壇上や通路、座れるところはどこでも人が座っても入りきれない状態で、集会は熱気に満ちていました。



1分間スピーチを申し込み順に25名の人が訴えました。
私は1分間と言うことなので「福島の事故で国が緊急事態であるのにもかかわらず何もしないので、私達市民が『日本の緊急事態宣言をしましょう』」ということを訴えました。
参加者のひとりとして藤田裕幸さんも来ておられ、終了後私のところに寄ってきてくださって「玄海原発を一緒に止めましょうね」と言ってくださいました。
とても嬉しかったです。
藤田さんは集会とデモ参加した後またすぐお帰りになりました。



全国各地からの発言はとても素晴らしく、元気をもらいました。土砂降りのお陰でいい集会でした。
夕方から宿泊したユースホステルで、再稼働阻止全国ネットワーク相談会が夜9時までおこなわれました。
会議室いっぱいで90名ほどの参加で、真剣な意見交換でした。
※(2日間の様子は8月21日の東京新聞に詳しく掲載されています。)



翌8月20日(月)は午前9時から昨日に続いての全国ネット相談会。
9時から12時まで、再稼動阻止のために、各地からの活発な議論が交わされました。


福島の事故で原発立地自治体の運動だけに止まらず、被害地元、消費地元の市民が連携して行き、
脱原発・廃炉に向けてどうしたらいいのかと言う議論が活発に交わされました。

佐賀からも、日ごろの私達の活動報告をしました。そして、「地元しか動けない小回りの運動は地元の市民がやるしかないので、
このような全国の人の連帯の運動がとても力強く思います」と言いました。

終了後、福井からの運動の女性が駆け寄ってきてくださって、今後も地元の運動体として、問題を共有し連帯したいと言って下さいました。
また、すぐ前に座っていた福岡からの男性はすぐ原告になってくださいました。
その方は帰りのフェリーが一緒と解り、ゆっくり船の中でいろんな有意義な話しができました。

参加して解ったのですが、集会の目的は、再稼働を目の前にして全国ネット立ち上げられないものかということでした。
参加者の発言をまとめ、いろんな問題はあるけれど、各地の現在の状況が緊急性を要していること、立地地元のグループだけでは対応しきれないとの声があり、全国ネット準備会が発足されることとなりました。
この全国ネットは全国の原発現地を横につなげるということ。
今再稼働の声が上がっている志賀・泊等でのさしあたっての行動も提起されました。
まだまだ、準備段階でどのようになるのかは、私達も解りません。
解り次第また報告、広報したいと思います。



帰りに、伊方原発のビジターハウス(PR館)と四国電力に行きました。
ビジターハウスの展望台からは、海の向こうには祝島がすぐ間近に見えました。
過去に3度、原発近くの海一面に大量の魚の死体が浮いたと聞いています。
カーブした道にはいくつも伊方原発反対の看板がありました。
原発反対の意思を最後まで貫いた廣野房一さんの記念碑が建っていました。


四国電力の門で愛媛の参加者の男性が取り残されていて、私達の車に松山まで一緒しました。私たちもいろんな話をできて楽しかったです。
四電ゲートでは何人ものガードマンがしっかり警備して、「ここまでここまで、ユーターン」と厳しい表情で、写真撮影すら許されませんでした。
あとで「なぜ写真はだめなのか」と質問すればよかったと思いました。
どこの原発も自然豊かで景色のいいところばかり。
原発の現実を考えると、辛くなリました。
玄海と同じで原発近くの山並みに風車がいくつも立てられていました。



いつも参加するたびに思うことは、参加してよかった、皆さんからいろんな事を学びエネルギーをもらって帰ってきます。
いろんな事に参加させてもらっていますが、報告しなければと思いながらなかなかできていない事に、お詫びいたします。

8.27 石丸初美

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古湯ぽかぽかプロジェクト、ご協力ありがとうございました!

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福島原発事故被災者の子ども達に、夏休みの期間中、保養してもらうプログラムが全国各地で取り組まれています。

裁判の会の会員の皆さんも各地で様々な形で関わっていることと思います。

佐賀市富士町・古湯温泉においても「福島の子ども達に夏休みをプレゼント!ぽかぽかプロジェクト」が、昨年佐賀に避難された方や市民有志によって取り組まれました。中心的に関わっていた会員からのレポートを掲載させていただきます。



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佐賀古湯ぽかぽかプロジェクト(8月9-13日)、全日程終了しました。
カンパ、様々な形での応援ありがとうございました。

福島県から4世帯10名(お母さん4名、小学生4名、5歳女児、中2男子)が、遠く佐賀で4泊5日滞在。小学生4人はそのうち2泊3日はNPO「地球市民の会」のキャンプに参加。水鉄砲をつくって川で遊んだり、釣りをしたり、スイカ割りを楽しんだり、星空観察したり(流星も見えました)、自然の中で思い切り遊びました。

お母さん達には、古湯温泉旅館組合のみなさんのご厚意により、日替わりで温泉めぐりをさせていただきました。

さらに、佐賀産・九州産のお買物ツアー。道の駅や地場産品を扱うスーパーで、わかめ、きなこ、野菜、こんにゃく、納豆、麦茶、醤油、九州ならではの“マルタイ棒ラーメン”などなど、安心して食べられる食材を、お母さん達はたくさん買われて「お土産」にしました。わ かめを13袋も買われたお母さんは、ママ友に配ると言っていました。

今回のプロジェクトでは、昨年5月に放射能ホットスポットとなった千葉県柏市から佐賀市に母子避難されてきた藤澤佳代子さんが、家族の受け入れに献身的に奔走しました。ずっとつきっきりだった藤澤さんはお母さん達と、保養・避難・移住などについて、同じママ目線で率直に話をすることができました。去年6月に福島市から佐賀に妻子と避難されてきた木村雄一さんや、裁判の会代表の石丸初美さんらとの懇談の場ももちました。


当初は「不安もあるけど、安全だと県も市も学者の先生もいっている」「去年はもうちょっと注意していたけど、今はみんなマスクもしない」「食べ物はなるべく遠くのものを買っているけど、お金がかかちゃって」「避難というけれど、家とか捨てられないものがいっぱいある」「国が指示を出してくれれば避難できるんだけど」...と言われていたお母さん達。

それが4泊5日、一緒に過ごして、いっぱい話をする中で、お帰りになる頃には、お考えも変わったようです。帰られた後に、お母さん方からいただいたメールを紹介します。



「メールをいただいて、また泣いちゃいそうでした。ホントに今回は大変お世話になりました。誰も知らない所で、こんなに優しくして頂けるとは思ってもいませんで した。福島に住んでいる私達より子ども達の事を思ってくださって本当に感謝しています。そして私も考えさせられました。もっと子どもに出来る事はないか考え直さなくちゃなのかなって…」

「休み明けはいつも現実に戻され、休みが遠い過去になってしまうのですが、今回は確かな実感が残っています。佐賀で出会った皆さんを思い出すだけで、あたたかい気持ちになります。これでもか、これでもかと素敵な方に出会ってしまったからでしょうか。みなさん同じ波長と言うか、共通するものがありますよね。私達親子も包まれてしまったようです。二人でまたみんなに会いに行こうねって、約束しました。
 帰りの車中で息子は「さみしくなっちゃって、ちょと泣いちゃったよ」って言っていました(よ く分る)。息子の中にもちゃんと残ったようです。
 また改めて今後を考えるいいきっかけになりました。子どもを守る親の責任についても。衝撃的なSAGAでした。本当にありがとうございます。」




佐賀駅バスセンターで福島に帰る子ども達とバイバイするのが、正直、辛かったです。

おとなしいけど礼儀正しい男の子の1人は、バスに乗り込む直前、向こうから手を差し出してきました。男の子の手は弱々しかったけど、何度も握りしめました...

この子らの将来はどうなるのだろう。

今後もつながっていって、佐賀にまた、というか、ずっと来てほしいと思います。

募金目標の100万円は、7月13日の豪雨の中の佐賀市役所での募金活動から始まって、1か月もなかったのに、達成することができました。

「福島の子ども」に対するみなさんの「優しい気持ち」のあらわれですね。
報告書を9月に発行予定ですので、あらためてみなさんにも報告したいと思います。

私達は福島を忘れません。

私達は子どもを守らなければなりません。

それが、大人の責任です。

そんなことをかみしめる1か月間でした。
ありがとうございました!
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念願の魚釣り!

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もっと右、、、そこそこ!
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スイカ、美味しいね!
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九州の安全食材お買い物ツアー。
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アート体験もしたよ!
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8月17日は公判でした!

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8月17日(金)、玄海原発3号機MOX燃料使用差止裁判・第7回公判と、玄海原発1~4号機運転差止裁判・第2回公判、玄海2・3号機仮処分第6回審尋が佐賀地裁で行われました。

■告知はこちら
■宇野朗子さんの意見陳述はこちら
■フォトギャラリーなどはこちら


真夏の炎天下でしたが、入廷前の10分だけ、横断幕とマイクを出して、市民にアピール。弁護士の皆さん方が到着したところで、そろって入廷しました。
MOX公判では、データをなかなか出さない九電に対する、裁判官の積極的な対応に、手応えを感じることができました。
全炉停止公判では、福島市から福岡県福津市に避難されている宇野朗子(さえこ)さんの意見陳述(全文はコチラ)に、法廷は優しさと原発絶対反対の強い意志に包まれました。
詳細は裁判ニュース次号(9月上旬発行)に掲載します。
以下、傍聴者の感想です。


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傍聴席はいっぱいになりました。
公判が始まり、被告の九電側の弁護士…。
九電側弁護士は相変わらずのらりくらりな感じでした。
でも!
そんな私のイラつきとは裏腹に、今日は進展がありました!嬉しい驚きです!
MOX公判での裁判官の発言!
「難しい言葉は正直よく分からないので、話のできる専門家の方を双方呼んで分かりやすく説明してもらえないか」と!!
後の記者会見で原告側の冠木弁護士も言われてました。
本来ならば、裁判官としては、そういった説明会みたいな場を持つ事を嫌がるもの。
しかし、4月から新たに担当となった3人の裁判官は、配布された資料をしっかり読まれてるようで、文中の数字の記載誤りも裁判中に確認されるくらい、内容を理解しようとされてる良心的な(当たり前なんでしょうけどね)方のようです。
いやー、その気持ちが嬉しかったです!
九電側は嫌だったでしょうね。その準備に時間がかかるという理由で、3ヶ月後というかなり先の次の公判日を指定してきました。いつもの事ですが。
でも、これは原告側に風が吹いて来てる!と誰もが思った裁判官の発言でした!


全炉停止公判では、宇野さえこさんが意見陳述に立ちました。

電力会社に向けての、福島の事故を体験した人にしか言い表せない怒りと悲しみ、地球上の人間だけでない、声も出せない小さな生き物たちへの想い、裁判官への信じる想いと応援の気持ち…。
私の心にも、真っすぐに届きました。
宇野さんの、澄み切った強く優しく大きな心が。
つい、目頭が熱くなりました。
人間はいつらか世の中で一番偉くなったんでしょう。
小さな生き物だって、私たちだって、裁判官だって、九電側の人間だって、みんな同じで、原発事故が起きたらみんな同じなのに…。
すごく心洗われる陳述でした。

裁判官はしっかり聞いてくれたように見えました。
九電側の弁護士たちに、一言でも感想を聞きたいくらいです。
今回の公判、また一歩、少しずつ、前進した気がします。
次の公判が、ある意味すごく楽しみでもあります。
最前線で戦う、裁判の会の方々、弁護士の方々、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
(M)
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次回公判は11月30日(金)14時半第8回MOX公判、16時第3回全炉停止公判と決まりました。
なお、この2日後、12月2日(日)は「プルサーマル営業運転開始から3年。この日を忘れない」ということで、裁判の会主催で佐賀県・駅北館にて講演会を予定しています。


宇野さんの記者会見での言葉で報告をしめくくりたいと思います。

商業機密ということで、全国の電力会社はデータも出さないできましたが、3・11後の状況をみれば、「命と暮らし」は絶対に天秤にかけてはいけないものだというのがわかります。防がなければいけなかった事故でしたが、その被害を冒涜するようなことを電力会社にしてほしくない。住民の命、がかかっているものであれば、すべてデータを出すべきです。事故はどこでも繰り返してはいけません。
応援をお願いします!

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会見に臨む宇野さん(中央)、石丸代表(右)、冠木弁護士(左)

8月17日は佐賀地裁へ!公判&審尋

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市民訴訟・みんなで止める!玄海原発
MOX燃料使用差止・全機運転差止公判傍聴ご案内


 2011年3月11日、福島原発大事故。原発の凶暴さが現実のものとなりました。私達は原発を再稼働させないために法廷内外で行動を続けてきました。これまでの玄海原発3号機MOX 燃料使用差止請求に加え、昨年末に
1~4号機すべての運転差止を求めて新たに提訴しました。全国の皆様と力を合わせて大きな一歩を踏み出しました。
 15時半からの第2回全機停止公判では、福島から福岡に避難された宇野朗子さんが意見陳述をされます。
 命を守るため、子どもを守るために、玄海原発、全国すべての原発を廃炉とさせましょう。傍聴にぜひともご参集ください!



2012年8月17日(金)
12時半 佐賀地方裁判所集合・アピール
     佐賀市中の小路3-22  TEL:0952-23-3161
14時~  第7回MOX燃料使用差止公判
15時半~第2回1~4号機運転差止公判
    意見陳述:宇野さえこさん(福島から福岡に避難)
16時~  第6回2・3号機仮処分審尋
16時半~記者会見・報告集会(アイ・スクエアビル)
     佐賀市駅前中央1-8-32  TEL:0952-40-2002

       

※国に対する行政訴訟原告の方は、今回の公判では原告ではありません。一般傍聴となります。
※【会員の方へ】今後のお知らせをメール送付でいいという方、ご連絡下さい。また、転居された方は新住所をお知らせください
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