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6月8日、提訴3周年活動報告会無事に終えました!

2013/06/13 14:45
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6月8日、玄海原発プルサーマル裁判の会は、提訴3周年活動報告会を無事終えました!

名称も『玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会』(略称:玄海原発裁判の会)とあらため、新たな気持ちで、また歩みはじめました。


今日の発言は、

弁護団から武村二三夫弁護士谷次郎弁護士

裁判補佐人の小山英之さん(美浜の会代表)。

「裁判を支える会」会長澤山保太郎さん(前・東洋町長)。

反原発・鹿児島ネットの向原祥隆さん

福島避難者、木村雄一さん

石丸初美団長から挨拶、於保泰正事務局長から報告、荒川謙一副団長から閉会挨拶。

これにスライドショーをトークで振り返りました。

すべて本気の言葉にあふれていました。
発言内容は、おいおい紹介していきたいと思います。
フリートークが十分時間とれず、続きは行動しながらということになりました。

六ヶ所、大飯原発、川内原発、福島原発、玄海原発すべてつながっています。
私達に求められるのは、全国の仲間と連携しながら、再稼働を1つ1つつぶしていくこと。
私達に必要なのは、一人ひとりの覚悟。
みんなのチカラで原発を止めましょう!

詳細な報告はのちほど!

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玄海原発みんなで止める!6・8宣言

2010年8月9日の玄海原発MOX燃料使用差止提訴から3年、公判も昨日で10回目を迎えました。

 2006年、科学者間でも意見が対立する中、古川康佐賀県知事は玄海原発プルサーマル計画について「県民の理解は得られた」として、住民の反対の声を踏みにじり「事前了解」を強行しました。
 同年、私達は県民投票署名運動に奔走し、49609筆を県議会に提出。翌年2月の臨時県議会で「間接民主主義からの逸脱」、住民には判断できないという理由で、あっけなく否決されました。
 私達は「プルサーマルを理解も納得もしていない。人類と共存できない放射能を生み出し、その処理方法も何も決まっていない原発は止めるべきだ」と運動を続けてきました。
 2010年2月21日、「普通の生活を守るため」に裁判を決意、「玄海原発プルサーマル裁判の会」を結成しました。
 同年8月9日、佐賀地裁に提訴。12月1日、初公判。
 12月9日、プルサーマルの3号機でヨウソ漏れ事故。私達は、徹底した原因究明と安全対策を求めて走り回りました。
 そして、第2回目の公判を迎えた2011年3月11日、東日本大震災と福島原発事故。
 おそれていた大事故が起きてしまいました。

 あらゆる警告を無視し、対策を怠り、事故を起こした電力会社、政府、被曝を拡大させた学者らの責任が問われないまま2年以上が経ちました。
 事故収束作業は見通しのつかないまま続いています。空気と水と大地、食べ物は放射能により汚染されました。子ども達の健康被害、除染の行きづまり、原発労働者の使い捨ても明らかになってきました。
「佐賀は蛇口の水がそのまま飲めるからいいですね。福島では思いっきり深呼吸もできません」
「今も線量計を見ながら、子ども達に“今日も外で遊べないね”と話しています」
「福島は東京に電気を送ってきた。その福島の俺達は、日常のすべてを奪われてしまったんだよ!」
福島の人達の声です。子ども達を放射能汚染の中から、一刻も早く救い出さなければなりません。
仮に事故が起きなくても、原発を動かせば必ず核廃棄物を生み出します。未来永劫に放射能の管理をしなければならないのに、その方法すら決まっていないのです。
福島の大きな犠牲に学ぶということは、原発をすべてなくすこと以外にありません。

2011年6月、事故からまだ3ヵ月というのに、玄海原発に再稼働の話が浮上しました。
私達は佐賀県庁や九州電力に連日のように行動を起こしてきました。市民の怒りは、古川知事の「やらせ」事件をも誘発しました。ストレステスト実施とあいまって、再稼働をいったん阻止できました。
しかし、古川知事と九州電力はいまだにこの時の反省をなんらせずに、福島事故がなかったかのように、住民の命を軽視して、カネのために再稼働を狙っているのです。
再稼働を阻止するために、いまあらためて覚悟を決めなければなりません。

私達は、2010年8月9日「玄海3号機MOX使用差止」提訴、2011年7月7日「玄海2・3号機再稼働差止」仮処分申請、2011年12月27日「玄海全基運転差止裁判」提訴、この3つの裁判で具体的危険性を追及しながら、法廷外でも玄海町や市町村を訪ね歩いたり、国、県、九電と交渉したり、座談会、集会を開いたりしてきました。すべては種まき、いずれ花となり実となることを願って、1つ1つ取り組んできました。
この活動の延長線上に、このたび、会の名称を「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」と改称することとしました。

普通の生活を守るために、子ども達の笑顔がいつの時代にもつづくように、全世界の仲間達とつながりながら、みんなでチカラをあわせて、玄海原発を、そして世界中の原発をすべて止めるための行動を続けていくことを、ここに誓います。

2013年6月8日
玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会
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6月7日、第10回公判でした!

2013/06/13 14:34
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6月7日、玄海原発プルサーマル裁判の会、第10回公判、終えました!

玄海原発3号機プルサーマル・MOX燃料の危険性、1号機脆性問題、2号機配管びび割れ問題など、玄海原発の具体的な危険性を突き、被告九電と争っています。攻める原告弁護団と、3・11前がなかったかのように逃げるばかりの被告九電・・・詳細はあらためて!

事務所での懇親会も、冠木さん、小山さん達も残られ、25人ほどの参加で、みんな笑顔の素敵な時間となりました。

そして、本日、会の名前を『玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会』(略称:玄海原発裁判の会)と改称したことを発表しました!
運動の発展に伴って、私達の活動の実際と、発足当初からの思い、私達のスタンスにピタッあうものにしましょうと、何度も議論をしてきました。
新しい横断幕も今日からお披露目でした。名称を初めて耳にする方かららも「みんなで止める、というのがいいね!」と評判も上々です。

2010年2月21日、玄海原発プルサーマル裁判の会発足式で、初美団長は「普通の生活を守りたいから、裁判を決意しました」と記者会見で言いました。(詳しくはこちら こちらもご覧下さい 過去の記事
記者から質問「“普通の生活”とは何ですか」。
初美さん「私みたいな普通の主婦がこうやってここにいて、裁判を始めるというのが普通のことじゃないんですよ!そうしなくてもいいような“普通の生活”をただ取り戻したいだけなんです!」
その想いを共有する仲間達で走ってきた3年間でした。
その想いをあらたにする、今日の10回目の公判でした。

翌6月8日には、新名称と新横断幕とともに、「提訴3周年活動報告会」を無事に終えました。こちらの詳細もあらためてご報告します。

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